正解はひとつじゃない

学生の頃、数学が得意ではなかったが好きだった。論理的に思考して、一つの正解に行きつく過程が魅力的だったのだと思う。人間は生き物なので、いろんな複雑な要因が絡み合い、人生において、また身体的な病気においても正解をひとつに絞ることが難しい。
たとえば、アトピー性皮膚炎の患者さんから、皮膚科の先生は石鹸を使うなと言い、小児科の先生は石鹸を使えと言う、どちらが正しいのですか、とよく聞かれる。ホントにしょっちゅう聞かれる。これは、どちらも正解であり、正解でないのだ。
アトピー性皮膚炎の患者さんの皮膚はほぼ99%乾燥肌である。乾燥肌はバリア機能が悪く、ちょっとした外からの刺激で湿疹やかゆみをおこす。患者さんにとって、乾燥肌対策は必須だし、湿疹がよくなっても保湿剤などのスキンケアは欠かせない。石鹸は、界面活性剤が働いて、皮膚表面の汚れを落とすが、効きすぎると皮膚の皮脂成分もおとして、かさかさにしてしまう。それで、皮膚に詳しい皮膚科の先生方は石鹸の使用を勧めない。しかし我々小児科医は、こどもの生活をよく知っていて、汗や汚れや泥遊びや食べ物のべたべたがいかに子どもの皮膚についているか、それがなかなか水だけでは落ちないことを知っているので、石鹸が必要だと思う。要は、石鹸がいいか悪いかは、それがどんな患者さんで、何歳で、どんな生活をしていて、どんな皮膚の状態で、どんな石鹸をどんな風に使うかによって話は全くちがうのである。入浴時に、刺激の少ない石鹸をふわふわに泡立てて、手で優しく、こすらずなでるように洗えば、皮膚を傷めずに汚れが落ちるだろう。入浴後にしっかり保湿剤を塗れば、汚れの落ちたバリアのしっかりした肌になる。要は理屈がわかって個々に対応するしかない。しかし、白黒のはっきりしない回答はあまり皆さんにはぴんとこないようだ。
小学校の子どもが学校に行かなくなった。無理強いしても行かせた方がいいのか、好きなように休ませた方がいいのか。これにも明快な正解はない。学校が嫌になりかけて気が進まない時に親が背中を押してやって行ってみたらうまく行けるようになったということもあるし、無理に行かせたらすごく傷ついて心を閉ざしてまったく外にも出られなくなったということもある。その子どもや親によって状況は異なるし、どういう行動がどういう方向につながっていくのか、子ども自身や親だってわからないことはよくあるのである。
毎日ひとつでない正解のなかから、患者さんやご家族に、よりよい道を選んでもらえるように、言葉を尽くして説明するのは実は容易ではない仕事なのである。

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